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早稲田合格体験記⑤-2浪を決意した理由

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こんにちは、せいです。

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前回の記事でとりあえず早稲田には落ちた僕ですが←

今日は2浪を決意した理由について書いてみます。

 

僕が二浪を決意した理由は大きく分けて二つあります。この二つは二浪を決める上ですごく大きなものでした。私立文系で二浪って、かなりリスキーな選択肢だし、正気かよ?って客観的にみると自分も思います。けど、それでもしたいと思う人はこれからもいるだろうし、そんな人のために自分が決断した理由を書きます。

 

①友人の存在

元々非進学校から、早稲田に絶対受かってやる!という思いで受験勉強を始めた自分ですが、そんな自分にも高校時代一人だけ同じ大学を目指す仲間がいたんです。その子を仮にNと呼びます。Nとは高校1年の頃のクラスが一緒で、当時からNはずば抜けて頭が良く「うちの高校にもこんな奴いるのか~すごい」と思った記憶があります。

 

そんなNがうちの高校に来た理由は「病院が近いから」。Nは元々何かの持病を抱えていて、薬の副作用のせいなのか髪が殆どありませんでした。しかし、別にだからと言って何か不自由をするわけでもなく、すごく利発で、快活なNも「せいが早稲田目指すなら俺も目指すわ」みたいなノリでNも早稲田を目指してくれました。

 

 高3に入り、Nは学校を休むようになっていました。学校に来たとしても、体育の授業はいつも見学。「う~ん、少し体調が悪いのかな?」と思っていたりしましたが、普通に話したりする分には全く問題を感じさせないN。いま少しだけ身体悪い時期なのかな?とあまり深刻に捉えていませんでした。

うちの高校では、あまり外部模試を進んで受ける子がいないので校内順位はN2分の1でどちらかが1位でどちらかがビリみたいな事をやっていた事もあったんですが、高3始めの外部模試でNと一緒にある模試に申し込んでいました。

 

当日Nは来ませんでした。

ごめん、体調良くないから行けないわ。頑張って。と言われて。

 

その数日後、Nは亡くなりました。

 

詳しい亡くなった理由は分かりません。身近な友人が亡くなったのも初めてで、しかも自分の戦友Nが受験序盤にいなくなってしまった。すごく自分には衝撃的な出来事でした。

 

このNと一緒に早稲田に行こうと決意したことが自分を諦めさせなかった何よりの理由です。

 

しかしながら、そのNに対する気持ちがすごく揺らいでいたのも1浪目の終わりの時期。とある大学に受かり、もう最悪ここでもいいかと思ってはいたので、それを止めたのは何よりも早稲田大学です。

 

②早稲田への憧れ

受験本番、ほとんど早稲田に来たことがなかった自分ですが、来てみた早稲田の入試の雰囲気には感動を覚えました。

南門通り、正門まで向かう道をチョコを配るひと、よく分からないサークル、保護者、受験関係者など応援してくれる人がたくさんいました。

受験生の数はやはりとてつもなく多く、それも相まり、入試ってこういうものなの?って。お祭りみたいな雰囲気。そして何より冬の澄んだ青に照らされる、大隈講堂にはひどく感銘を受けました。ドキドキしました。

やっぱり行きたい大学はここだ!!!ってそこでようやく本気で思えました。

 

受験はあえなく失敗しましたが、自分はこの2つ、友人の存在、早稲田への憧れ、これだけで2浪をする覚悟は持てました。

 

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